年間第17主日 C年(2016.7.24)

第一朗読『創世記』

創世記 18:20-32

この箇所のたとえ話のような旧約聖書の有名な出来事によって、祈りの力は教えられます。また、祈りの条件、つまり根気強さや、神に対する信頼を明らかに教えられます。

第二朗読『使徒パウロのコロサイの教会への手紙』

コロサイ 2:12-14

罪によって永遠の命に死んでいたわたしたちが、洗礼によってその新しい命を復活されたと言うことを、聖パウロは教えます。それは、洗礼の恵みの偉大さです。

福音朗読『ルカによる福音』

ルカ 11:1-13

今日の御ミサの中心は、恵みを頼む祈りについてです。どのような心を持って祈らなければならないか、神の教えを受けとめましょう。けれども、祈りは単に恵みを頼むという事ではなく、それとともに礼拝の祈り、感謝の祈り、反省の祈り、奉献の祈りも必要であることを忘れないように致しましょう。

イエスが教えてくださった『主の祈り』について注意すべきことがいくつかあります。まず、この祈りは、利己主義の祈りとは正反対であるということです。最初の3つの願いは、わたしたちのことではなく、神のことだけを考えて祈っています。全体を通して、一度も自分だけのための祈りはなく、いつでもわたしとすべての人たちのために祈っています。例えば「糧」を頼むとき、自分ひとりのためではなく、飢餓に苦しむ人々のために助けを頼んでいるのです。

『主の祈り』の深い意味が分かったら、願ってもよいどんな願いでも、その七つの願いの中のどこかに含まれます。たとえば、世界の平和はどこの願いの中にも含まれています。人々が神のみ名を聖とするなら戦争は起きません。神のみ国は正義に基づく平和の国だからです。平和はわたしたちにとって「糧」のように必要なものです。だから「糧を与えてください」と祈ることの中にも含まれています。戦争は大きな「悪」です。『主の祈り』によって、その「悪から救ってください」と祈ります。

もうひとつ気をつけることがあります。親戚や友達の健康を願おうと思うとき、文体だけを考えたら『主の祈り』ではそれが願われていないと思う人がいるかもしれません。しかし、「糧を与えてください」の中にも、「悪から救ってください」の中にも、それは含まれています。また、たとえば病気など、わたしたちが「悪」と思うことが時には恵みになる場合もありますから、「み心が行われますように」という中にも含まれています。

神のご計画は、強制的には行われません。つまり、わたしたちの自由な協力によって実行されるのです。ですから「み心が行われますように」という願いは、「わたしたちも他の人々も、神の望み(み心)を完全に行うことができますように」という祈りです。天では、神のご計画が完全に行われます。この世でも、できるかぎりそのように行われますようにと祈るのです。

(文:キリストバル・バリョヌェボ神父)

主の祈り
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James Tissot (1886-1894)

参考文献

書籍『キリストへの新しい道』
著:キリストバル・バリョヌェボ神父

書籍『主日の聖書解説』
著:雨宮慧神父

冊子『聖書と典礼』について

毎週 主日のミサ で使われる冊子で、ミサで朗読される聖書箇所も書かれています。オリエンス宗教研究所 から発行されており、数週先のものまで各教会に置いてありますので、お近くのカトリック教会にてお求めください。