年間第11主日 C年(2016.6.12)

第一朗読『サムエル記』

サムエル下 12:7-10、13

ダビデは、神からたくさんの恵みをいただいたのに、姦通の罪だけではなく、その罪を隠すために人殺しまで犯しました。このシェークスピアの悲劇のような箇所の教えを完全に理解するためには、今回の朗読箇所の前の部分を知っていることが必要です。

この朗読で、ダビデは、預言者ナタンをとおして語られた神の言葉に、「わたしは主に罪を犯した。」と素直に認めて後悔し、その大きな罪も赦されます。

第二朗読『使徒パウロのガラテヤの教会への手紙』

ガラテヤ 2:16、19-21

わたしたちの信仰とパウロの教えの中心をこの朗読で聞きます。救われるのは、自分の善い業によるのではなく(それは必要ですけれども)、キリストによって救われるのです。

わたしたちも「生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。」と言えるように、また「わたしは、神の恵みを無にはしません。」と決意できるように祈りましょう。

福音朗読『ルカによる福音』

ルカ 7:36-8:3、 または 7:36-50

イエスは回心した人と、また罪人を回心させるために、積極的に付き合っていました。しかし、ユダヤ人の社会では、罪人はいくら回心したとしても、いつまでも汚れた者と見られていましたから、ファリサイ派の人々や律法学者は、イエスのそうした行動を不快に思っていました。

今回の朗読個所で、イエスに一緒に食事をしてほしいと願ったファリサイ派の人は、あの時代に客を迎える場合の礼儀正しいことをせず、イエスに対して無礼な行動をとっていました。そこに社会から冷たい目で見られていた一人の罪深い女が入ってきます。罪人で、しかも女性ですから、特に軽蔑されていましたし、その女性がイエスに対して行ったことを見ていたファリサイ派の人々の驚きはたいへんなものでした。この出来事によって、イエスも汚れた者になったとみなされます。もう、イエスが預言者であるなどとは全然考えられません。しかしイエスは、その女性を「この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。」と罪を赦したばかりか、逆に人々の模範とされたのです。

ウィリアム・ホールの絵画『キリストの生涯』について

ウィリアム・ホール(William Brassey Hole、1846年11月7日-1917年10月22日)は、イギリス人の画家で、キリストの生涯を描いた80枚の水彩画は、とても価値があります。ホールは、その絵を描くときに、歴史的な正確性を重視しました。実際に聖地に行って、ある出来事がどこであったのか、聖書でわかるならばその場所の景色の中に、キリストの生涯の出来事を描きました。たとえば、ヨハネ21章のイエスのティベリアス湖畔の出現は、その場所を実際に見つけて描いてます。イエスがナザレ(カファルナウム)の会堂でお話になる場面では、19世紀のある会堂を描きました。

服装などについては、次の意味のある原則に基づいてすべての絵を描いています。たとえば日本で考えた場合、徳川時代の終わりの服と奈良時代の服とが違っても、まだまだそれほど違ってはいません。それと同じように、聖地の1世紀の人々の服と19世紀の初めごろの服とは、少しは違ってもよく似ていたでしょう。

各絵について、もっと具体的に、その正確性について言うべきですが、けれども今、その価値について簡単に述べます。罪深い女が、食事の席についているイエスのところにきて、「後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。」(ルカ7:38)ということは、普通に考えたらありえないことです。たとえば、ダビンチが描いた『最後の晩餐』のように、家の中で普通の机と椅子に座っているように描いたら、「後ろからイエスの足もとに近寄り...香油を塗った。」ということが無理なことになります。しかし、ホールが描いたように、あの時代は食事のとき普通の椅子に座るのではなくて、横たわって座るということでした。これなら「後ろからイエスの足もとに近寄り...香油を塗った。」という意味がわかります。

(文:キリストバル・バリョヌェボ神父)

罪深い女とイエス
Jesus at the house of Simon the Pharisee
William Brassey Hole (1900s)

参考文献

書籍『キリストへの新しい道』
著:キリストバル・バリョヌェボ神父

書籍『主日の聖書解説』
著:雨宮慧神父

冊子『聖書と典礼』について

毎週 主日のミサ で使われる冊子で、ミサで朗読される聖書箇所も書かれています。オリエンス宗教研究所 から発行されており、数週先のものまで各教会に置いてありますので、お近くのカトリック教会にてお求めください。