第一朗読『使徒たちの宣教』
使徒言行録 5:27b-32、40b-41
ペトロと使徒たちは、神に対する従順の模範を示してくださいます。わたしたちは、そのような従順をもっていますか?
第二朗読『ヨハネの黙示』
黙示録 5:11-14
ヨハネは、屠られた子羊(辱められたキリスト)に対して礼拝している全ての被造物を見て、そのキリストの勝利をわたしたちに伝えます。
福音朗読『ヨハネによる福音』
ヨハネ 21:1-19 または 21:1-14
漁に行った弟子たちが、何もとれなかったので失望していた時に、岸に立っていたのは主であると最初に知ったのは、イエスの愛しておられたあの弟子(ヨハネ)でした。愛は、信仰の目を鋭くします。
キリストは、疲れていた弟子たちに、母親のような心をもって朝食の準備をしてくださいました。どんな出来事の中にも、どんな人間の姿の中にも、キリストを見出す事ができるように熱心な愛をもたなければなりません。
ご復活は、キリストの勝利です。それによって、わたしたちは信頼、喜びと平和をもつことができます。実際にそうなるように、一生懸命に神の恵みを求めましょう。
主イエスの出現の順序
- 日曜日の夜明け前、キリストが復活。(誰もそれを見ていません)
- 天使が墓の石を取りのける。(マタイ28:2)
- 番兵たちが恐れて逃げる。(マタイ28:11)
- イエスの弟子の幾人かの女性が墓に向かう。(マタイ28:1、マルコ16:1、ルカ24:1、ヨハネ20:1)
- 墓から石が取りのけてあるのを見て空だと知る。(ヨハネ20:1)
- マグダラのマリアは墓に入らずに、ペトロとヨハネのところに走り知らせる。(ヨハネ20:2)
- 他の女性が墓の中に入り、天使たちからキリストが蘇られたと知らされる。(マタイ28:5、マルコ16:6、ルカ24:5)
- 女性たちは墓を立ち去り、ペトロとヨハネは墓に入る。(ルカ24:12、ヨハネ20:3)
- ペトロとヨハネは帰り、マグダラのマリアはもう一度墓に行く。(ヨハネ20:11)
- クレオパともう一の弟子は、エマオに出かける。弟子たちは墓が空であることなど聞いているが、まだ復活したキリストを見た人は誰もいない。
- マグダラのマリアが、キリストと出会う。(マタイ28:9、10 マルコ16:9、ヨハネ20:14)
- キリストが、ペトロに現れる。(ルカ24:33、1コリント15:5)
- クレオパともう一人の弟子は、エマオ行きの途中でキリストに出会い、エルサレムに帰る。(マルコ16:12、ルカ24:13)
- エルサレムに戻ると、ペトロもキリストに出会ったと弟子たちが話している。(ルカ24:33)
- 10人の使徒たちに、キリストはご自分を現す。(ヨハネ20:19)
- 一週間後、トマスがいる時にもご自分を現す。(マルコ16:14、ルカ24:36、ヨハネ20:24)
- 弟子たちはガリラヤに帰り、五百人以上もの弟子と山に登り、キリストが現れる。(マタイ28:16、1コリント15:6)
- 他の出現。(1コリント15:7)
- ティベリアス湖畔で、ペトロ・ヤコブとヨハネ・トマス・ナタナエル他の二人の弟子にキリストが現れる。(ヨハネ21.1)
- キリストが、天に上げられる。(マルコ16:19、ルカ24:50、使徒言行録1:6)
※ いろいろな点で少し違うことも考えられますが、一番妥当な順番だと思われます。
※ マタイによる「女性たちへのキリストの出現」(マタイ27:9-10)と、ヨハネによる「マグダラのマリアへのキリストの出現」(ヨハネ20:11-18)は、同じであるということにしています。少しだけ見たら、それはできないと思われるでしょう。けれども、マタイの書き方について勉強すると、ありうると考えられるようになります。
(文:キリストバル・バリョヌェボ神父)
七人の弟子に現れるイエス
William Brassey Hole (1900s)
参考文献
書籍『キリストへの新しい道』
著:キリストバル・バリョヌェボ神父
書籍『主日の聖書解説』
著:雨宮慧神父
冊子『聖書と典礼』の朗読箇所の下には注釈がついていますので、このページとあわせてお読み下さい。
冊子『聖書と典礼』について
毎週 主日のミサ で使われる冊子で、ミサで朗読される聖書箇所も書かれています。オリエンス宗教研究所 から発行されており、数週先のものまで各教会に置いてありますので、お近くのカトリック教会にてお求めください。