主の公現(2016.1.3)

第一朗読『イザヤの預言』

イザヤ 60:1-6

預言者イザヤは、幻の中に"新しいエルサレム"、つまり教会の未来の栄光を眺めます。四方から、遠い国から、大勢の人々が光を求めてエルサレムに集まります。その人々の中にわたしたちもいます。

次のわたしのたとえによって、もっとわかりやすくなるかも知れません。夜中、飛行機から暗闇だけが見えます。突然、光り輝く大きな都会が見えることになります。預言者イザヤのまぼろしは、これに似ています。世界は、戦争・犯罪・憎しみ・エゴイズム・真の神の無知などの暗闇に包まれています。けれども、その中で、輝いている光を放つエルサレム、つまり、教会(わたしたち)は輝いています。あらゆるところから、人々はその輝くエルサレムに来ます。(わたしたちは皆、その通りでした)

光、すなわち、キリスト教の勝利の預言の歌です。ですから、今日は、わたしたちの信仰の召し出しへの祝いの祝日です。

第二朗読『使徒パウロのエフェソの教会への手紙』

エフェソ 3:2、3b、5-6

最初の教会の時代に、信者たちは皆イスラエル人でしたから、異邦人または「諸国の民」が、イスラエル人にならずに、キリストの教会に入る権利あるということを自覚することは非常に難しい事でした。使徒言行録とパウロの手紙に、何度もその問題が出てきます。聖パウロは、もう一度、異邦人がイスラエル人と一緒に救いの恵みを受けるということを強調します。

異邦人であるわたしたちが、イスラエル人と同じように信仰と救いに召されていることについて、当たり前であるかのようにわたしたちは思いがちです。けれども、そうではありません。聖パウロは、この秘められた神のご計画に対して、驚きを示します。わたしたちも驚きと同時に、感謝をいたしましょう。

福音朗読『マタイによる福音』

マタイ 2:1-12

主の公現の大祝日の中心は、わたしたちの信仰への呼びかけです。博士達は、キリストを信じた最初の異邦人(ユダヤ人ではない人々)でした。したがって、わたしたちの先駆者です。

福音書に「占星術」ということが書いてありますが、『聖書と典礼』の注釈に暗示してあるように、あまり上手な訳ではありません。原語の「マゴイ」または「マギ」は、いろいろな学問の専門家でした。その中に、宗教と天文学があり、現代の「占星術」とは、まったく違います。

博士たちが何を見たのか。確かに普通の星なら、幼子イエスがいるところで止まるはずがありません。どうして、それを見て、救い主が生まれたということがわかったか、はっきりした答えはありません。確かに東だけではなく、ローマでもその噂は盛んでした(西暦前20年ごろローマの第一の詩人ベルジウスの有名な4番目のエグロガなど)。そして、民数記の言葉「ひとつの星がヤコブから進み出る。ひとつの笏(王様のしるし)がイスラエルから立ち上がり」(24:17)にもとづいて、イスラエルに神から送られた新しい王様が生まれたということを神の特別な導きによってわかりました。

(文:キリストバル・バリョヌェボ神父)

東方三博士の礼拝
Murillo_-_Adoration_of_the_Magi
Bartolomé Esteban Murillo (1655-1660)

参考文献

書籍『キリストへの新しい道』
著:キリストバル・バリョヌェボ神父

書籍『主日の聖書解説』
著:雨宮慧神父

冊子『聖書と典礼』について

毎週 主日のミサ で使われる冊子で、ミサで朗読される聖書箇所も書かれています。オリエンス宗教研究所 から発行されており、数週先のものまで各教会に置いてありますので、お近くのカトリック教会にてお求めください。