四旬節第5主日 B年

第一朗読『エレミヤの預言』

エレミヤ 31:31-34

神がイスラエル人とシナイ山で結ばれた関係は、あの時代に、わかりやすい言葉で「契約(同盟)」とあらわされました。国家の無い時代、社会は複数の家族で同盟を結びます、または、種族が他の種族と同盟を結ぶような形でした。最近まで(あるいは今でも)、いろいろな所で、その形は残っています。神はイスラエルの味方になってイスラエルを特別に守り導く約束をすると同時に、イスラエル人は神に従うと約束します。

しかしながら、預言者エレミアの言葉によれば、イスラエルはその契約を守りませんでした。それでも神様は、新しくもっと素晴らしい契約を約束してくださいました。その契約によって、人々は神をより知ることになります(聖書で「知る」という言葉は、ほとんどいつでも「愛」を含みます)。それは、キリストの救いの結果によって、私たちは神様の子供になり、永遠の命を得る権利をいただくことです。

注)「契約」という言葉は、商売を連想させるので、「誓約」の方が良いかもしれません。けれども、既に根を下ろしているので、今変えるのは困難です。他言語にも似ている問題があり、なおそうという運動や努力もあります。

第二朗読『ヘブライ人への手紙』

ヘブライ 5:7-9

福音朗読 参照

福音朗読『ヨハネによる福音』

ヨハネ 12:20-33

第二朗読と福音朗読は、キリストをより私たちに近いもの、親しく、私たちの弱さをわかる方としてあらわします。キリストは、真の人間でしたから、死と苦しみの御父の計画に対する反感と恐怖をお感じになりました。私たちが、その感じを体験する時に、罪ではないことをよく知っておかなければなりません。キリストのように、その気持ちに負けずに、神の望みを受け入れて実行するように祈る、言葉によるのではなく行いによる大切な教えです。

そのキリストの誘惑は、ゲッセマネの時だけではなく、この日曜日の福音朗読があらわすように「枝の日曜日」にもありました。
今回の福音朗読は、「枝の日曜日」の出来事です。聖週間に行われたことを聖週間での朗読にはすべて含めることができないため、時々その前に読まれます。

注意すべきところは、その時のキリストの祈りは聞き入れられても、苦しみからの解放という結果ではなかったということです。ただ苦しみに負けないように力をお受けになりました。

(文:キリストバル・バリョヌェボ神父)

参考文献

書籍『キリストへの新しい道』
著:キリストバル・バリョヌェボ神父

書籍『主日の聖書解説』
著:雨宮慧神父

冊子『聖書と典礼』について

毎週 主日のミサ で使われる冊子で、ミサで朗読される聖書箇所も書かれています。オリエンス宗教研究所 から発行されており、数週先のものまで各教会に置いてありますので、お近くのカトリック教会にてお求めください。